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トレイルランニング初心者 体験記 第一話~水筒はいらなかった・前編~
トレイルランニング 初心者体験記 第2話~水筒はいらなかった・後編~
トレイルランニング 初心者体験記 第3話~ナンは出せなかった・前編~
1人狭い山道の下り坂を降りる。道が狭いうえに木の根が飛び出したり、こぶし大の石がコロコロ転がっていたり、時には大きな段差もあったりするから、どこに着地していいのか分からなくなる。心だけは走っているが、体は全くついていかない。
この日のために用意したトレランシューズは、グリップ力が強くしっかり地面をキャッチするタイプのものだ。それでも着地するたびに土が滑るような感覚に慣れなくて、体が硬く緊張する。
急な下り坂から平坦な道になった。体力はもうほとんど残っておらず、両足の親指も痛い。でも走れる場所は遅くても走るのだ!気力だけで足を前に出し、走り続ける。灰色の雲に覆われた空から、冷たい空気が降りてくる。呼吸が荒くなり口呼吸になると喉がチリチリと痛い。
疲れと下り坂への緊張感で呼吸がかなり乱れていることに気づき、鼻からふーっと息を長く吐く。すると、吐ききったところで自然と鼻の穴から空気が入ってくる。規則的な呼吸に集中していると、気持ちも楽になってきた。
一定のリズムで続く呼吸と、バクバク走り続ける心臓のリズム。体がフル回転しているときに、余計なことは考えられない。感覚に集中して動き続ける自分と、そんな私には無関心に存在する自然。徐々に自分と外界との境界が無くなって、自分という輪郭が溶けていくような錯覚に襲われる。しんどいけど、頭の芯が痺れるような心地よさもあって…なんだか複雑な気持ち。
道幅が広くなったところで、皆が待っていた。アランコーチが拍手で出迎えてくれる。
「お、お待たせ、しております…」ゼーハー、ゼーハー。両ひざに手をついて、呼吸を整える。相変わらず皆さんは涼しい顔で、汗をかいているようにも見えない。体力と心肺機能、どうなってるの?
ふーっと一息ついて水をゴクリと飲む。隣に立っている50代半ばの女性・パープルさん(紫色フレームのスポーツサングラスを高い鼻で着けこなしていた)に、「みなさん、早いですね…!下りを走るの、正直怖かったです」と言うと、「下りは慣れないと怖いですよ。私も最初は全然走れなくて。走れるようになるとすごく楽しいから、頑張って!」と激励の言葉を返してくれた。そうか、下りは楽しいのか。そう言えるようになるのはいつの日か。
「よしぞうさん、呼吸は整いましたか?ここからは最後まで止まらず走って行きます。山道が終わってフェンスを出たところで待っています」。そう言い残したアランコーチと共に、一同風のように消えていく。
あと少しでゴール、もうこれで最後なんだ!我ながらよくここまで来たものだ。取り残されたら死ぬかもという恐れに背中を押されたのもあるが、とにかく夢中だった。こんなに目の前のことだけに集中した、いや集中せざるを得ない状況に陥ったのは初めてではないだろうか。
フェンスを出ると、皆談笑しながら私を待ってくれていた。「みなさん、お疲れ様でした!山道はこれで終わりです。あとは駅まで2キロ弱、軽く走って終了です」。ぎえーーっ、まだ走るのかぁ…。
山道と同じく最後尾を走る。もう終わりだと思っていたから、最後のランはこたえるな。ここまで山道を10キロ走ったとは思えない軽い足取りで走る集団を見ながら、決意した。私もガゼルになるのだ。みんな最初は人間だったけど、いつしかあんなふうに走れるようになり、ガゼルと化したのだ。道のりは遠いかもしれないけど、私にも出来る!
距離を離され、曲がり角を曲がっていった集団の姿が見えなくなった。駅までの道は誰かに聞けばわかるし大丈夫だろうと思っていたら、あやめさんがバックで走りながら曲がり角まで戻ってきて、私を待ってくれている。最後までなんて優しいのだ…。その上ムーンウォーク状態で後ろに向かって走るなんて余裕まで。私が近づくと、ニコッと笑って走り出す。ガゼル達は私を売っていなかった。最後まで仲間を見捨てない心優しい動物なのだ。
駅についた集団は、次々にトイレへ駆け込んでいた。そうだ、行程中一度もトイレがなかったのだ。私は尿意に気づくゆとりがなかったが、そういえば生理二日目でもあった。いつもなら腹痛やだるさに気持ちが持っていかれているが、それすら感じることがなかった。
最後に一人ひとり今日の感想を話して終了だ。「クライミングが体験出来て楽しかった!」「明日は難しいコースを30キロ走るので、ちょうどいい足慣らしになりました」(驚!明日が本番なんかーい!)などなど。最後が私だ。
「今日はお待たせすることが多く、分からないことだらけでご迷惑もかけたと思います。皆さんのサポートのおかげでここまで帰ってくることができました。正直すごくしんどかったけど、でもなぜだかとても楽しかったです!!皆さんのように走れるように練習して、また参加したいです」。パチパチパチ…と笑顔で、頷きながら拍手をくれる。
めっちゃきつかった。でも、山頂からの眺め、山のヒンヤリした空気、1人になったトレイルをがむしゃらに走ったこと、すべてが愛おしいように感じる。お腹がだるいとか、上手く走れないとかどうでもよくなるくらい、“今”だけに集中していた。また、山を走りたい。もっと走れるようになりたい。
熱い思いと、「私って相当なMだったのか…」という発見に驚きつつ、帰路についた。胸の奥はぽかぽかして不思議な温かさに満たされている。これを充実感というのだろう。
家に着いて、ザックの中からステンレス水筒2本、カレーを入れていた保温ポット、出すことのなかったナンを取り出す。水筒は1本も飲み切れていなかった。真冬であまり水分を必要としていなかったのだろう。
冷めたカレーに、巨大なナンをちぎって漬ける。口に入れると、グーーっとお腹が鳴った。やっぱりお腹は空いていたんだな。胸いっぱいで空腹も気になっていなかった。
ドタバタすぎる私のトレランデビューに、フフッ…と笑いがもれる。こうしてガゼルになる道は開かれた。さて、次はどの山を目指しましょうか!
最後に…
この体験記を最後まで読んでくれたみなさま、ありがとうございます!トレランデビュー戦を思い出すと、あれもこれも何も知らなかったこと、1人で飛び込んだ自分の無鉄砲さに笑ってしまいます。これからトレランを始めてみようという方のお役に立つ知識も提供できていたら、とっーても嬉しいです。
抜けられないトレラン沼に、一緒にはまりましょう!
PS,トレラン沼は始まったばかりなので、これからも体験記を書いていこうと思います。よろしくお願いいたします~
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