前編はこちらから!→ トレイルランニング 初心者体験記第1話~水筒はいらなかった・前編~
猛者たちを前に、自分の生き方を振り返る
9人の参加者が自己紹介を終え、最後が私の番だ。よりによって、おおトリ。(何言おう…。えーと、なんかそれっぽい話をひねり出さねば)。
「奈良県から来ました、よしぞうです。今年は山をたくさん楽しめました。摩耶山、大台ケ原へ行ったのが特に楽しかったです!(全く走ってないけど)」
パチパチパチ…と優しい笑顔で拍手をくれる参加者のみなさん。(ふぅ。ひらパーの話は封印してしまった。なんとか乗り切ったぞ)。
読書をしたり1人で過ごすのが好きで、団体行動やチームでやるスポーツは苦手だった。人の気持ちを無意識に察して、必要以上に空気を読んでしまうから、グループで過ごすと疲れるのだ。女の子のお友達グループも、昼休みのドッヂボールも、できれば参加したくなかった。でもずっと一人でいる勇気も無くて、半ば義務的な気持ちで加わっていた。
大人になって、少しずつ常識や人目の呪縛を手放し、生きるのが楽になっていった。会社員も辞めてフリーランスライターとして独立し、合理主義で楽天家の夫と出会い、かわいい3人の子どもたちに恵まれ、のびのびと日々を謳歌していた。自分軸ができて、思っていること、やりたいこと、嫌なこと、なんでも素直に言えるようになったと思う。
それでも、猛者たちを前に「ひらパーが楽しかったです!」とは言えなかった。まだまだ手放していくものが多いようだ。
トレランに必要な持ち物、全部詰めたらパンパンだった
自己紹介を終えると、近くの公園に移動して軽いウォーミングアップが始まった。ストレッチやダッシュなどをしていると、もう体が汗ばんでくる。今は12月。真冬の寒いさ中だが、上着を脱いで山へ向かう準備を始める参加者たち。そこで、自分とほかの参加者との装備の違いに目が行く。
私は登山の格好だ。トレッキング用のロングパンツにハイネックのトップス。上着も生地が厚めでゴワゴワしたタイプの防水ジャケット。ジャケットを折りたたんでサロモンの10ℓザックにしまうと、ザックはパンパンのクッションのようになってしまう。ザックもトレランイベント直前に慌てて購入したもので、Amazonでタイムセールをしていたのと、レビューが多かったという理由で決めたリュックタイプのものだ。私以外の参加者は、ほぼベストのような形のザックを背負っている。
イベントの持ち物欄に、山の天気は変わりやすいのでレインウェアを持参くださいと書いてあった。それなら持っている!と登山用の防水ウエアを着こんできたのだが、どうも他の参加者と様子が違う。みなさん、ペラッペラの上着なのだ。うすっ!と突っ込みたくなるが、たたんで丸めるとおにぎりくらいの大きさになり、8リットル程の小さなザックに収納しても邪魔にならないようだ。
※この日よしぞうが着用していたのはハードシェル。ほかの参加者はソフトシェル
それに、上着をしまう前からザックの膨らみ方が私とは全然違う。持ち物欄に書いてあるものを持ってきただけなのに、なんでこんなに違うのだろうか。そんな思案にふけりながら山への道を歩いていると、50代半ばくらいの上品な雰囲気の女性・あやめさん(仮名)が声を掛けてくれた。
「よしぞうさん、普段は登山をされているんですね? 大台ケ原、一度行ってみたいと思っているんです」
物腰柔らかな雰囲気と優しい笑顔とは裏腹に、レギンスを履いた足にはしっかり筋肉が付いている。そうだ、下半身の装備も私とは違う。冬山はさぞかし寒かろうと、登山パンツの下にモコモコしたスパッツを履いてきたよしぞう。ほかの皆さんは、薄手のレギンス+短パンという装備が多い。ダン氏に至っては膝上の短パンのみで生足丸出しだ。
「大台ケ原、霧がすごくて神秘的な雰囲気も素敵でした!家族で登山をしたので、次は走りに行ってみたいです」
夫は大学のワンゲル部出身で山好きだ。三人の子ども達もみな活発で、山登りにも喜んでついてきてくれる。家族で登山、キャンプに行くのが休日の楽しみだが、子どもの手が離れてきて、こうして一人で行動できるようになったのも嬉しい。30代は出産、子育てをほぼワンオペで乗り切り、自分の時間を楽しむ余裕は持てなかった。
ランニングは主にロード(山道ではない舗装道路)で、週に3回以上走っているというあやめさんと、和やかに会話しながら登山道に到着。
「ここからしばらく登りが続きます。20分ほど歩いたら一度休憩をとりますが、水分補給は各自のペースでお願いします」とアランコーチ。
トレランで水筒2つ持ちは重過ぎる!!
一列になり、急登を登り始める。早歩きペースだ。いつも登っている標高600mほどの地元の山は、頂上まで一気に登ってから下るコースしかなく、平坦な道がほぼ無い。そのため、上り坂を歩くのには慣れている。
(うん、けっこうペース早いけど、ついて行ける!)
遅れをとらないようにと、コーチのすぐ後ろ、最前列について歩く。
「山道は登り優先ですが、私たちは人数が多いので、人とすれ違うときは一度立ち止まりましょう。待ってくれている人がいたら、『すみません』ではなく『ありがとうございます』と笑顔で挨拶してくださいね」
登山時のマナーを説明してくれるアランコーチ。確かに「すみません」というより、「ありがとうございます」と言ったほうが、お互い気持ちよくすれ違えるだろう。すみません、すみません、が連発すると、言うほうも聞くほうも疲れそうだ。
20分ほど登り続けて、最初の休憩場所に到着した。
「ちょっとペースが速かったでしょうか? 汗もかいていると思うので、水分補給をしておきましょう」とアランコーチ。
私以外の参加者はたいして息も上がっておらず、クールな表情で水を飲んでいる。ベスト型のザックの前部分にドリンクが入っていて、取り出して飲んだらすぐ戻せるようになっているので、いちいちザックを下ろしてボトルを取り出す手間がないようだ。ペットボトルからビヨ~ンと長いストローが伸びていて、ボトルを取り出さずにストローを口に寄せて水を飲んでいる人もいる。
(めっちゃ便利なグッズがあるんやな。全然知らんかった)
周囲を観察しながらザックを降ろし、中から500mlの水筒を取り出して、ゴクゴク水を飲んだ。すると、「よしぞうちゃん水筒持ってきてたの?!どうりでザックがパンパンだと思った~(笑)。そりゃ重いやろ!」とキャットちゃん。
(えっ?持ち物に最低500mlの水分て書いてあったやん。水分は水筒に入れるやろ)そう思ってよくよく参加者を見ると、ステンレス製の立派な水筒を持っているのは私だけだった。皆、何やらフニフニした感じの透明なボトルやペットボトルに水分を入れている。小さなジェル飲料のようなものを飲んでいる人もいた。
「水筒アカンの? 足りないかもと思ってもう一本水筒持ってきたけど…」と言ったら、参加者から「それは重そう!」「一本持とうか?」という気遣いの言葉とともに軽い笑いが起こる。
「ダメではありませんが、重そうですね。これから走りますので」とにこやかなアランコーチ。「ザックパンパンすぎやから、中身半分もってあげようか?それじゃ走りにくいわ」というキャットちゃん。
(水筒以外の選択肢が無かったよ!ペットボトルの水はプラごみ出るから買わないようにしてるし…)
「知らなかった…。みんなザックがペタンコだと思ったら、水筒持ってないんですね」。「持ってないよ!(笑) そっか、登山だと水筒持って大きいリュックで歩くんか~」とキャットちゃん。
この身軽な強者たちと、水筒2本背負ったランニング経験ゼロの私がこれから一緒に走り出すというのか。
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